遊牧民の暮らしとキリム

キリムとは2

3. キリムは遊牧民の暮らしの必需品

草原や土獏(石ころだらけの土地をトルコ人はこう呼びます。)を移動して暮らした遊牧民や牧畜民たちの生活必需品がキリムでした。羊やヤギなどの家畜を連れ、常に移動を繰り返しテントで暮らした遊牧民は、移動に不便な木の家具は持ちませんでした。彼らは、羊やヤギや家畜の毛を刈り、糸に撚り、草木で染め、そしていつでも移動可能な簡単な織り機を使ってキリムを織ってゆきました。

織り上がったキリムを、テントの中の敷物、寝具、間仕切り、壁飾り、ゆりかご、塩入れや衣類や穀物を入れる収納袋などあらゆる用途に用いてきました。また移動の際、ラクダやロバの背に積んで家財を運ぶ袋としても使いました。このようにキリムは、遊牧民にとって生活に欠くことのできない生活必需品、すなわち持ち運びに容易な家具であり、調度品であり、テントという住まいを彩り、暮らしに潤いを与える装飾品や工芸品であったのです。キリムはまた、婚礼用、寺院での礼拝用やモスクへの寄進用などとしても織られました。キリムは遊牧民にとって家畜同様大切な財産でした。

4. 遊牧民の暮らし

遊牧民とは羊やヤギなどの家畜を連れ、水と草を追い求め、家財道具一式を持って草原地帯や 山岳地帯を移動する人達です。草がなくなると次の草を求め、短いときは2~3週間で場所を変えたそうです。一年中移動を繰り返すテント暮らしが、どんなに 厳しいものであったか、想像することは容易です。

厳しい暑さ、寒さ、雪、雨などから身を守るのがテントでした。テントの大 きさは直径が4~5m、頭上に直径1mほどの明かり取りが作られていました。それが彼らのくつろぐ家でした。テント内は湿気を避けるため、また、暖を取る ため、床にキリムが敷かれました。そして形も大きさも様々な色とりどりのキリムが、家具や収納としてテント内に積み置かれました。

女 性達は毎日、家族や家畜の世話をしながら家具であるキリムを織り続けました。常に移動を繰り返した女性たちの織り機は、幅が40~80cm前後と狭く、地 面に水平に置かれた、水平織り機でした。織られたキリムは、目的により何枚かに接がれ、それぞれの大きさにして使われました。遊牧民の織るキリムは、多く が横縞で織られるといった大きな特徴があります。頻繁に移動を繰り返したため、織り機を固定し、時間をかけてその場で織りを続けるといった作業が不可能で あったせいです。左右両方の目を数え、対称の柄を付ける幾何学文様タイプのキリムは織れませんでした。

5. 遊牧民の宗教

遊牧民は来世を信ずる人々でした。天国を、緑豊かな、そこは一面に花が咲き乱れ、果物はたわわに実り、あふれんばかりの水、つき抜ける青空のある所と想像し、恋焦がれ、その天国をテントの中に赤、藍、緑、オレンジなど、手に入るかぎりの様々な色と文様で創り上げました。
藍色や青色は清浄、赤は癒しと暖かさとエネルギー、ピンクは勇気を、黄緑は天国といった具合に、それぞれの色に意味を持たせました。
まさにテントの中のわが家は彼らの天国だったのです。

この発想は古代宗教のシャーマニズムから来ています。シャーマニズムとは、天にも地にも人間に善をなしたり、害をなしたりする精霊(神様)が住んでおり、シャーマンと呼ばれる祈祷師が精霊界と人間界をつなぐ役目を果たしていると信ずる宗教です。
遊牧民はこうしたシャーマンと呼ばれる祈祷師のもつ奇跡や超能力を畏敬し頼りました。
自然はいつも気まぐれです。いつ何時災難が襲いかかってくるやも知れない遊牧民の世界において、彼らを守り救ってくれるシャーマンの力は絶大でした。

当時、女性達は花、木、鳥や目に写る自然、そして自分の夢や想いなどを自由自在に、キリムの中に織り込んでいったのでしょう。つづれ織りという技法がそれを可能にしてきました。

このシャーマニズムはその後イスラム教と融合しました。この時から、キリムの柄は抽象的な幾何学文様が使われるようになります。

イ スラム教は偶像崇拝を禁止しており、幾何学文様でしか表現が出来ないという制約がありました。が、遊牧民のこの様な自由な芸術性を否定することなく、彼ら 遊牧民の信仰と一心同体となり、結果的にキリムという工芸芸術に創造性をより注ぎ込み、キリム文化をますます花開かせていったのです。

 

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